WATARUです!
皆さんは、もし明日から走れなくなったら、何をして過ごしますか?
ランニングが趣味の人なら、一度くらい考えたことがあるかもしれません。
「年齢を重ねても、できるだけ長く走り続けたい」
WATARUも、そう思っています。
でも、ケガを経験すると、これまで当たり前だったことが、決して当たり前ではないと気づかされます。
今まで走れていた距離が走れなくなる。仲間と楽しんでいたロングランにも、痛みへの不安から参加をためらう。走ることが生活の中心になっているからこそ、走れなくなったときのことを考えると、不安もあります。
そんなWATARUが今回、改めて考えるきっかけをもらいました。
きっかけをくれたのは、70歳になった今も驚くような走力を持つレジェンドランナーさん。
そして、もうひとつの楽しみであるブドウ栽培です。
長年走り続けている姿はもちろん知っていました。
しかし、ブドウ畑で生き生きと過ごす姿を見て、WATARUは新たな一面を知りました。
走ることだけに夢中になるのではなく、走れなくなったときにも楽しめる何かを持っておく。
それは、これから年齢を重ねていくWATARUにとって、大切な考え方なのかもしれません。
今回は、WATARUがランニングを始めるまでの経験や、54歳になった今の気持ちも振り返りながら、「動けるうちにやりたいこと」について考えてみます。
1.もし走れなくなったら、僕には何が残るのだろう?
WATARUは現在54歳。
ランニングを始めてから、気づけば10年以上が過ぎました。
最初は短い距離を走るだけでも大変だったのに、少しずつ距離を延ばし、フルマラソンだけでなく、トライアスロン、トレイルランニングやウルトラマラソンにも挑戦するようになりました。
走る仲間もでき、パン屋さんを巡るパンマラニックや、旅先の景色を楽しむ旅ランなど、ランニングを通じて楽しみも広がりました。
ところが、左足首の痛みを経験してから、気持ちに変化が出てきました。
以前なら、週末に30〜50kmのマラニックへ出かけることも楽しみのひとつでした。
仲間と一緒に走り、おいしいものを食べ、知らない景色に出会う。ひとりではなかなかできないことも、仲間がいるからこそ楽しめます。
それなのに、痛みが気になるようになると、参加すること自体に不安を感じるようになりました。
「途中で痛くなったらどうしよう」
「仲間のペースについていけなくなったら、迷惑をかけるのではないか」
「最後まで走れず、途中で離脱することになったら……」
そんなことを考えてしまいます。
走ることが好きなのに、思い切り楽しめない。
これは、実際にケガを経験してみないと分からなかった気持ちです。
もちろん、痛みがなくなれば、また長い距離を走りたいと思っています。
100kmを超えるような距離にも、もう一度挑戦したい。
だからといって、無理をしてまで走り続けたいわけではありません。
これから先、年齢を重ねるにつれて、今までと同じように走れるとは限らないでしょう。ケガだけでなく、体力や回復力の変化もあります。
それに、走ることができる体であっても、家庭の事情や親の健康状態などによって、自由に時間を使えなくなることもあります。
新型コロナウイルスの流行で、走れる体があっても大会がなくなり、目標にしていたレースに出られなかった時期もありました。
やりたいことがあっても、いつでも自由にできるとは限らない。
そう考えると、走れなくなったときのために何かを準備することも大切ですが、それ以上に、今できることを先延ばしにしないことが大事なのではないかと思うようになりました。
では、WATARUは走ること以外に、何を楽しめるのでしょうか?
その答えを考えるために、少し昔のことを振り返ってみます。
2.高校野球を終えたあと、いろいろなことに挑戦してきた
WATARUは子どもの頃から高校まで、野球に打ち込んできました。
目指していたのは甲子園。
高校最後の夏を終えたときには、自分なりにやり切ったという気持ちがありました。
結果にも納得でき、悔いを残さず野球を終えることができたと思っています。
ただ、目標に向かって一生懸命取り組んできたものがなくなると、次に何をすればいいのか分からなくなるものです。
WATARUもしばらくは燃え尽きたような気持ちになり、アルバイトをしながら、ギターを習うなど、いろいろなことに手を出しました。
その後も、興味を持ったことには挑戦してきました。
スキーブームの頃にはスキーを始め、やがてスノーボードにも挑戦。
バイクでツーリングやモトクロスを楽しんだこともあります。
さらに、ジェットスキーに乗りたいと思ったことがきっかけで、船舶免許を取得し、ボートやジェットスキーも楽しみました。
格闘技にも興味を持ち、極真空手の道場を訪ねて、そのまま入門したこともあります。
その後、家族との時間を大切にしたいと思い、空手を離れて、妻と一緒に陶芸教室へ通うようになりました。
こうして振り返ってみると、ずいぶんいろいろなことをやってきたものです。
どれも、それなりに長く続けました。
もちろん、すべてを極めたわけではありません。
それでも、やってみたからこそ分かった楽しさがあり、経験したからこそ得られたものがありました。
ここで大切なのは、WATARUが特別に器用だったということではありません。
興味を持ったことを、実際にやってみた。
ただ、それだけです。
そして今振り返ると、その経験は決して無駄ではなかったと思います。
ひとつの趣味だけに人生を捧げる時期があってもいい。でも、その趣味から離れたときに、別の楽しみがあることも、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。
当時は、将来ランニングに夢中になるとは思ってもいませんでした。
そして、ランニングを始めたときにも、まさか自分が100kmを超える距離に挑戦するようになるとは想像していませんでした。
3.たった200mが苦しかったWATARUが、走ることに夢中になった
ランニングを始めたきっかけは、息子の野球が以前ほど手のかからない時期になったことでした。
ちょうどその頃、トライアスロンの大会を見に行く機会がありました。
そこで目にしたのが、70歳になってもゴールを目指して懸命に進む選手の姿です。
その姿に心を動かされました。
「自分も、あんなふうに年齢を重ねても挑戦し続けられる人になりたい」
そんな思いが芽生え、トライアスロンに興味を持ちました。
ただ、トライアスロンを始めるには、自転車などの道具も必要です。
そこで、まずはランニングを1年間続けてみようと考えました。
1年間続けられたら、その先にトライアスロンへの挑戦を考えよう。そんな気持ちで始めたのです。
ところが、最初は大変でした。
200m、あるいは100〜200mほど走るだけでも苦しい。
今では長い距離を走ることもありますが、当時のWATARUにとって、走ることは決して簡単ではありませんでした。
それでも、少しずつ走ることに慣れてくると、次第に欲が出てきます。
「もう少し長く走ってみたい」
「自分の足で、いったいどこまで行けるのだろう?」
そんな興味が湧いてきました。
あるときは、自宅から総社市の五重塔まで走ってみました。
約16kmの道のりです。
走っている途中は苦しかったものの、自分の足でそこまでたどり着けたことには、大きな達成感がありました。
その経験が、WATARUの中にあった「もっと遠くへ行ってみたい」という気持ちに火をつけたのだと思います。
次に目指したのは岡山城でした。
ところが、思うようにはたどり着けませんでした。
でも、そこで諦めるのではなく、「次こそは」と考えました。
練習を重ね、ランニング仲間と出会い、ペース走などにも参加するようになりました。
ひとりでは難しいことも、仲間と取り組むことで頑張れる。そんな経験も増えていきました。
やがて走力が上がり、フルマラソンでサブ3を達成。
さらに、トレイルランニングやウルトラマラソンにも興味が広がっていきました。
そして出会ったのが、走って、食べて、また走るマラニックや、旅先の景色を楽しみながら走る旅ランです。
速く走ることだけがランニングの楽しさではありません。
おいしいパンを目指して走る。知らない町を朝早くから巡る。
仲間と話しながら、普段なら行かない場所まで自分の足で足を延ばす。
ランニングは、WATARUの世界を大きく広げてくれました。
だからこそ、今も走り続けたいと思っています。
ただ、54歳になった今、以前とは少し違うことも感じています。
50歳になった頃は、「年齢なんてただの数字。年齢を言い訳にしたくない」と考えていました。
その気持ちは今も変わりません。
一方で、ケガを経験すると、若い頃と同じようにはいかないこともあります。
疲労の抜け方や回復にかかる時間も違いますし、以前は気にならなかった体の変化を感じることもあります。
年齢を理由に何かを諦める必要はありません。でも、年齢や体の変化を無視していいわけでもない。
これからも走り続けるために、自分の体と向き合いながら、走ること以外の楽しみについても考えていきたい。
そんな気持ちが強くなっていたときに、改めて出会ったのが、70歳のレジェンドランナーさんのブドウ畑でした。
4.70歳になっても走り続けるレジェンドランナーさん
WATARUがレジェンドランナーさんと知り合ったのは、いつも走っている公園でした。
ランニングクラブ(福田走友会)とのつながりもあり、公園で走っていた僕に声をかけてくださったのがきっかけです。
知り合ったのは2017年頃。
それから一緒にペース走をしたり、夏場に峠を走ったりする機会がありました。
WATARUが知っているレジェンドランナーさんは、とにかく走力の高いランナーです。
70歳になった今も、驚くような走力を維持されています。
2025年には、69歳の年齢別マラソンランキングで全国1位になられました。
全盛期にはフルマラソンでも2時間40分を切るほどの実力です。
70歳になっても、そこまで走れる。
同じようにランニングを楽しんでいるWATARUからすると、本当にすごいことです。
もちろん、そこに至るまでには、日々の練習や積み重ねがあるはずです。
以前、夏場の練習についてアドバイスをいただいたこともあります。
また、ペース走についても、ひとりではなかなかできないことでも、仲間と一緒なら頑張れると教えてくださいました。
WATARUも、その考え方には共感しています。
ひとりで練習していると、つい自分に甘くなってしまうことがあります。
一方、仲間と一緒なら、普段は出せない力が出ることもあります。
ランニングはひとりでも楽しめますが、仲間がいるからこそ得られる楽しさや成長もあります。
ただ、レジェンドランナーさんから教わったのは、走力を高める方法だけではありませんでした。
以前、印象に残った言葉があります。
それは、走ることだけを趣味にしていると、ケガや年齢によって走れなくなったとき、楽しみを失ってしまうことがあるという考え方です。
WATARU自身、足首の痛みを経験したことで、その意味が少しずつ分かるようになりました。
走ることが好きだからこそ、走れなくなることが怖い。
走ることに夢中になっていると、ほかの楽しみを考える余裕がなくなってしまうこともあります。
でも、レジェンドランナーさんは、走ること以外にも、長年楽しんできたものを持っていました。
それが、ブドウ栽培です。

5.走るだけではない。レジェンドランナーさんのもうひとつの顔
今回、訪ねたのは、岡山県倉敷市の船穂ワイナリー近くにあるブドウ畑です。
ランニングをしているときの元気な姿は、これまで何度も見てきました。
しかし、ブドウ畑で過ごす姿をじっくり見るのは、また違った経験でした。
ブドウ畑は、WATARUの印象ではテニスコート1面ほどの広さ。

そこには、ピオーネ、瀬戸ジャイアンツ、シャインマスカット、オーロラブラックといったブドウのほか、イチジクやレモン、晩白柚まで育てられていました。




晩白柚という果物は、WATARUにとって初めて知るもの。

走ることを通じて知り合った方の畑で、普段の生活ではなかなか目にしない果物に出会えたのも、面白い経験でした。
畑には、ブドウを守るためのネットが張られています。
イノシシ対策も必要で、電気柵は効果が期待できるものの、費用がかかります。
そのため、ネットや石などを使いながらご自身で対策をされているそうです。
ブドウを育てるための支柱や設備も、自分で作ってきたとのこと。
実際に畑を見てみると、ただ苗を植えて水をやれば育つ、というものではないことが分かります。
ブドウを育てるには、環境を整え、実を守り、季節ごとの作業を続けていかなければなりません。
しかも、ブドウ棚は少し低めで、背の高いレジェンドランナーさんにとっては、作業しにくそうに感じる場所もありました。
それでも、自分で考え、工夫しながら畑を維持している。
その姿からは、ランニングで見てきた粘り強さとは、また違う一面が伝わってきました。
そして、何より印象に残ったのが、ブドウを収穫し、WATARUたちにも分けてくださり嬉しそうにする姿でした!
そんな採れたてのブドウは、とてもおいしかったと言うことは言うまでもありません。

妻はイチジクが好きなので、畑で採れたイチジクを食べられたことも喜んでいました。

自分で育てたものを収穫し、家族や人に分け、一緒に味わう。
そこには、タイムや順位を競うランニングとは違う喜びがあるように感じました。
もちろん、ブドウ栽培にも大変な作業があるでしょう。
自然が相手なので、思いどおりにならないこともあるはずです。
畑を維持する苦労も、実際に取り組んでいる人にしか分からない部分があります。
それでも、目の前のブドウを見ていると、育てる楽しみや収穫の喜びが伝わってきます。
走っているときのレジェンドランナーさんは、WATARUにとって憧れのランナーです。
そして今回、ブドウ畑で過ごす姿を見て、もうひとつの意味でも憧れる存在になりました。
レジェンドランナーさんは、仮に走れなくなったとしても、きっと自分なりの楽しみを見つけて人生を楽しんでいくのだろう。
そう感じたからです。
6.仕事をしながらブドウを育て、走り続けてきた
レジェンドランナーさんがブドウ栽培を始めたのは、会社勤めをしていた頃だそうです。
経験のあるブドウ農家の方から栽培を学び、畑を借りて育て始めたと聞きました。
仕事をしながら、ランニングの練習もする。
さらに、ブドウ栽培まで続ける。
考えただけでも、相当忙しかったのではないでしょうか。
実際、仕事とランニングとブドウ栽培を両立するのは、とても大変だったそうです。
WATARUもランニングに夢中になっていた頃は、走る時間を確保するために、生活の中でいろいろと工夫してきました。
しかし、そこにブドウ栽培まで加わったら、いったいどれだけ時間が必要になるのだろうと思います。
それでも、やりたいと思ったことに挑戦し、続けてきた。
その積み重ねが、今のブドウ畑につながっているのでしょう。
レジェンドランナーさんが、ただ忙しい毎日を我慢して過ごしてきたわけではないということです。
走ることも、ブドウを育てることも、自分がやりたいと思ったこと。
大変さはあっても、その先に楽しみがあるから続けられたのではないかと思います。
以前、奥さんが花火を見たいと言ったときには、松江への旅行をすぐに予約したというエピソードも聞きました。
もちろん、思い立ったらすぐに行動できるかどうかは、仕事や家庭の状況によって違います。
誰もが同じようにできるわけではありません。
WATARUが素敵だと感じたのは、やりたいことを「いつかできたらいいな」で終わらせず、実際の行動に移しているところです。
「いつか時間ができたら」
「もう少し余裕ができたら」
「定年退職したら」
そう考えているうちに、時間は過ぎていきます。
いざ時間ができたときには、体力や健康状態、家族の事情などが変わっているかもしれません。
だからこそ、できる範囲で、今やりたいことに取り組む。
レジェンドランナーさんの生き方から、そんなことを教えてもらった気がします。
7.WATARUも、走ること以外の楽しみを育てていきたい
今回、ブドウ畑を訪ねて、WATARU自身のことも考えました。
WATARUはランニングが大好きです。
できることなら、これからも長く走り続けたいと思っています。
理想は70歳まで、楽しく走り続けること。
福田公園などで、年齢を重ねても元気に走っているランナーを見ると、WATARUもあんなふうになりたいと感じます。
今54歳なので、70歳まではあと16年。
16年と聞くと長いようにも感じますが、振り返れば、これまでの16年もあっという間だったように思います。
70歳まで走れたら、それは本当にうれしいことです。
その先も走れるなら、さらに幸せでしょう。
ただ、そこまで走り続けられるかどうかは、誰にも分かりません。
だからといって、今から走ることを諦めるつもりはありません。
足首の状態と向き合いながら、できるだけ長く走ることを目指したい。
100kmを超える距離にも、痛みを気にせず挑戦できる日が来るなら、もう一度チャレンジしたいと思っています。
福山城を往復する100kmの挑戦をした経験は、WATARUにとって大きな自信になりました。
以前はタイムやスピードを強く意識していましたが、今は「最後までやり切ること」にも大きな価値を感じています。
目標や楽しみ方は、年齢や体の状態に合わせて変わっていってもいい。
そう考えるようになりました。
一方で、走れなくなったときのことも、少しずつ考えておきたいと思っています。
候補として浮かぶのは、ウォーキング、ハイキング、旅行、家庭菜園などです。
走ることが難しくなっても、歩くことができれば、景色を楽しんだり、旅先を巡ったりすることはできるかもしれません。
家庭菜園なら、家にいながら植物を育てる楽しみを持てます。
ただ、ここで気づいたことがあります。
ウォーキングやハイキング、旅行も、健康で動けることが前提です。
歩くことさえ難しくなったら、別の楽しみを考える必要があるかもしれません。
そんなとき、WATARUにはブログがあります。
WATARUは、走った経験や旅先で見つけたものを文章にして伝えることが好きです。
実際に走ってみて分かったこと、行ってみて初めて気づいたこと、失敗したことや工夫したこと。
そうした経験を記事にして、誰かの役に立つ情報として届けられたらうれしい。
仮に走れなくなったとしても、これまでの経験がなくなるわけではありません。
走った場所の記憶も、仲間と過ごした時間も、挑戦してきた経験も、自分の中に残ります。
それらを文章にして伝えることは、走れなくなってからでも続けられるかもしれません。
もちろん、今すぐランニング以外の趣味をひとつに絞る必要はありません。
以前のWATARUがそうだったように、興味を持ったことを試してみてもいい。
思いがけず夢中になれるものが見つかるかもしれません。
大切なのは、ランニングをやめる準備をすることではなく、ランニングを楽しみながら、人生の楽しみを少しずつ増やしていくことなのだと思います。
8.走れる今を大切に。そして、やりたいことを先延ばしにしない
今回、レジェンドランナーさんのブドウ畑を訪ねて、WATARUが感じたこと。
それは、走力の高さだけが、その人の魅力ではないということでした。
もちろん、70歳になっても高い走力を維持していることは、本当にすごいことです。
WATARUにとっては、これからも目標にしたい姿です。
でも、畑でブドウを育て、果物を収穫し、家族や訪ねてきた人と分け合う姿にも、すてきな魅力がありました。
走ることに夢中になるのは、決して悪いことではありません。
むしろ、夢中になれるものがあるのは幸せなことです。
WATARU自身、ランニングに出会ったことで、行動範囲が広がり、多くの仲間と知り合い、さまざまな経験ができました。
これからも、その楽しみを大切にしたいと思っています。
ただ、人生には思いどおりにならないこともあります。
ケガをするかもしれない。病気になるかもしれない。家族の事情で自由に動けなくなるかもしれない。
走りたい気持ちがあっても、走れない時期が来る可能性はあります。
だからこそ、今走れるなら、今の自分にできる範囲で走る。
行ってみたい場所があるなら、行けるうちに行ってみる。
やってみたいことがあるなら、無理のない範囲で一歩を踏み出してみる。
それが、これからのWATARUが大切にしたいことです。
もちろん、何でもかんでも急いでやればいいわけではありません。
家庭や仕事、お金のことなど、現実的な事情もあります。
でも、すべての条件が整う日を待っていたら、なかなか始められないこともあります。
大きな挑戦でなくてもいい。
気になっていた場所へ出かける。新しい趣味を試してみる。家族と行きたい場所について話してみる。
小さな一歩でも、行動すれば新しい経験になります。
レジェンドランナーさんがブドウ栽培を始め、仕事やランニングと両立しながら続けてきた姿を見て、WATARUもそんな生き方に近づきたいと思いました。
走れるうちは、思い切り走る。
そして、走ることだけに自分の楽しみを限定しない。
もし走れなくなる日が来ても、「これから何を楽しもうか」と前向きに考えられる自分でいたい。
そのためにも、今から少しずつ、ランニング以外の経験も増やしていこうと思います。
まとめ|いつまでも走りたいからこそ、今を楽しむ
今回、70歳のレジェンドランナーさんとブドウ畑を通じて、改めて考えることができました。
- 走ることに夢中になれるのは幸せなこと
- でも、ケガや年齢などで、いつまでも走れるとは限らない
- 走ること以外にも楽しみがあれば、人生の選択肢が広がる
- やりたいことは、できる範囲で今から行動に移してみる
- これまでの経験は、走れなくなったあとも自分の財産になる
WATARUは、これからも走り続けたいと思っています。
まずは足首の状態と向き合いながら、もう一度、安心して長い距離を楽しめるようになりたい。
そして、70歳まで楽しく走り続けられたら最高です。
その先も走れたら、なおうれしい。
でも、もし思うように走れなくなったとしても、人生の楽しみまで失いたくはありません。
これまでいろいろな趣味に挑戦してきたように、これからも興味を持ったことに挑戦し、自分なりの楽しみを見つけていきたいと思います。
走れる今を大切にする。そして、走れなくなった未来にも楽しみを残しておく。
それが、今回の訪問で僕が感じたことです。
皆さんには、ランニング以外に夢中になれる趣味や、いつか挑戦してみたいことはありますか?
また、年齢を重ねても長く楽しみ続けたいことは何でしょうか?
よかったら、コメントなどで教えてください。
これからも、走る楽しさや旅の魅力を伝えながら、WATARU自身の経験を通じて、皆さんの役に立つ情報を発信していきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
WATARUでした!
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